【西尾会】 にしお弘道の活動ブログ

新しい発想と経験を生かして愛知県知多郡東浦町の“理想のまちづくり”を考えます。
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卯ノ里ふるさと散歩  東浦ふるさとガイド協会 2014/10/4(SAT)
 大府市・東海市・知多市・阿久比町の周辺を囲まれた東浦の西のまち緒川新田は、緒川から享保12年(1727年)
今から287年前に7軒が引っ越して開墾をして切り開いたとされます。
新田区として独立スタートしたのは、昭和34年(1959年)あの伊勢湾台風が来た年で、今から55年前になります。
 昭和30年に名鉄巽ヶ丘駅が出来て、この地区の本格的な団地開発がスタートしました。
その後、昭和36年には、愛知用水が、知多半島道路(知多中央道として旧道路公団施工)が出来て、半島周辺には
臨海工業地帯が、現在の新日鉄住金などコンビナート・内陸には、自動車関連の工場進出で素晴らしい知多半島
と50年余で大きく変貌して、豊かに発展した半島になりました。
 東浦町として西のへき地されていましたが、名鉄東ヶ丘団地が完成し東浦の西の玄関として発展しました。
新田区全戸で3,000戸弱になり旧新田区は1,000戸余です。
今、長年の懸案である名古屋半田線関連の区画整理事業のワークショップを終えて、各地主さんへの働き駆けが
スタートしております。
東浦町の西の玄関が幹線道路共に大きく変貌して、素晴らしいまちづくりが、必ずや将来発展する時期になります。
伊藤衆議員とも今日の偶然の出会いできた「唐治屋敷の常夜灯」灯が、大きな予感がしています楽しみが出来ました。
明日への夢と希望を頂戴し、ガイド協会の皆さんご苦労様でした・・・・・ありがとう・・・

地元の唯一の氏神さん山神社からスタート

慰霊碑にしっかり拝礼も

唐治屋敷の常夜灯前で伊藤衆議員ともにご案内説明を・・・

北添墓地14代前の戸田万助家の墓地も・・・


東ヶ丘団地丸池台・高根の森を見る


 
コメント
from: 西尾 弘道   2014/10/04 10:27 PM
新田区は、300年弱の歴史ですが、周辺3市1町に囲まれた新旧が、混在した集落です。
旧新田・東ヶ丘・葵の荘と大きく分かれて、そこの字から区議員として各代表が16名おり区長・副区長・会計の3役で区議会が開かれ統括しています。
東ヶ丘団地は、全国各地からこられ方が多く、地元の方は30%ほどです。新田区には、幼稚園、保育園2校・卯ノ里小学校・西部中学校あり規律正しい優秀な生徒が多く、知多半島の学習院と言われています。
今この団地も少子高齢化の波が激しく大変苦慮しています。
名古屋半田線関連の区画整理事業を計画しているのはこんな問題解決と道路交通渋滞解消のまちづくりです。
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